・尾張藩の翻訳者、通訳者になる。(46歳)
・「乍川紀事詩」という本を出し、国の備えや守りの必要性を説く。(46歳)
・旭園という薬草園をつくり、ここで博覧会を開く(56歳)
1861年に出品されたものは、鳥類の剥製品や古い瓦、古い器物など考古学的資料でした。圭介は、特に古い瓦の収集家で、矢じりや勾玉も集めていました。
・江戸に行き、幕府で働く。蕃書調所で、動植物や金石類の研究をする。(59歳)
軍事技術や外交上重要な洋文・洋書の調査、翻訳をするところ、教えるところ。また、実用諸科学や産業、工芸分野の研究を盛んにすることも重視していました。
・東京大学教授となる。(79歳)
・勲四等旭日小綬章をいただく。(85歳)
・日本初の理学博士になる。(86歳)
・当時の代表的な雑誌「太陽」が選んだ「明治12傑」に科学者No1として入る。(97歳)
このほかに、伊藤博文、鳩山和夫、福沢諭吉、西郷従道、渋沢栄一などがいます。
・明治34年、死去。(99歳)
東京大学名誉教授、正四位勲三等、男爵となる。
食膳にのせた兎の肉がもとで、急性腸炎(腸カタル)をおこして、亡くなってしまいました。
イトア・オリエンタリス
シモバシラ
ヒカゲツツジ
イワナンテン
アシタバ
スズラン
イヌヨモギ
【圭介流 99歳 長寿のひけつ】
・家系的に長寿。(両親、兄姉は85歳以上、伯父叔母は80歳以上で亡くなっている。)
・温和で平静で穏やか。
・若いころから広く山野を歩き回る。
・酒、煙草はしない。
・誠実さと責任感にあふれ、内に熱い気迫をもつ。
・読書と早起き。毎朝3時頃に起床し読書。本の虫。
・日記をつける。
・質素な暮らしで、好き嫌いなし。